2005年03月29日

塾高ガンバレ!!! 〜日吉探訪記

塾高メガホンと神奈川新聞Enjoy Baseball 第77回センバツ KEIO 2005
いろいろバタバタしててもう第二試合の日になってしまいましたが…。
慶應義塾高校(神奈川)45年ぶりのセンバツ出場ということで、3/24、塾高体育館でのパブリックビューイングに参加してきました。

一応女なのでMy母校は慶應義塾女子高校なのですが、両校の文化部は提携しているところが多く、私のいた演劇部もそうでした。週に1回ずつ互いに行き来して(今は三田線と目黒線繋がってて便利だよねぇ!)、文化祭も両方のに出て。
そんなわけで「準母校」って感じで非常に思い入れのある学校なのです。
そしてもちろん、在学中は東京六大学野球にも夢中になっていました。
生で神宮で見たのは、有名どころで言うと志村亮、大森剛辺りから、大久保秀昭、小桧山雅仁、高木大成、高橋由伸くらいまで。
でもなんつっても2年間で3回優勝した91-92年の赤池・古葉・印出・宇佐美だよなあああ! ああ、今名前並べただけで鳥肌立った。
女子高時代はチケ取りも楽でね。HRで「慶早戦行く人ー」「ハーイ」って。大学入ると、サークルの男の子が徹夜で並び、女子は集まっておべんと作って始発で……それはそれですっごく楽しかったけど。
だから私の仁志敏久嫌いは筋金入りなのだ。大学時代から、「またお前かあああ!」って感じの、守備も打撃も素晴らしい選手でした。日本生命を経て巨人入りしたとき、「仁志って…………早稲田の?」と卒倒しそうになり、以来変わらず大嫌いな、ほんとうにいい選手です。

塾には結局8年いたので(アレッ? えっ、しかも卒業してない?! まあ気にするな)語ることはいくらでもあり、前置きが長ーくなりましたが…。
以下、日吉探訪記です。




卒業――もとい、中退後ももちろん東横線の下りに乗ることはあったのだけど。
なんでか行き先があそこだと心持ちが違う。明確な形を成さないままに甦るいろんなモノ。日吉在住の男とは2人(+ほとんど在住みたいな奴1人)つきあった。その辺を中心に、あーなんか痛いこと思い出しそうだよー、ともぐらたたきのようにバタバタ蓋をしつつ、多摩川を渡る。
ほどなく、野球だけが原因ではない変なソワソワを抱えて日吉に到着。
私の在学中に始まった日吉駅の工事は数年前に終わり、今は綺麗な東急百貨店が駅にくっついている。便利そうでいーなーと思いつつ、信号渡ったら目の前のキャンパスへ。
嗚呼、銀杏並木よ!
時間もないので小走りに駆け上がる。「日吉キャンパス第一校舎」である塾高は並木の天辺にある。
高校時代既にダッシュしたらゼーハーだった、大学時代は半分くらいであきらめていた坂道を、結局すぐ歩く(笑)。
だけどこの辺は変わらなくてホッ……って、なんかすげーでかくて綺麗な四角い建物がある!!(@_@)
「そりゃ四角いだろう」と言わないで、ほんとにルービックキューブみたいに四角いんだ。見ればわかる。来往舎
元々そこに何があったのか思い出せないまま(今も思い出せてない……庭があったんだっけ)、やっとのことで塾高に到着。相変わらずきったね歴史と伝統を感じさせる建物だなぁ。
……体育館ってどこだっけ。
焦りながら校舎脇を抜けて、部室棟のあるマムシ谷のほうに出てしまった。うおお斉藤靴店! 建て替えてなかったのかこの木造売店棟!
売店のお姉さん――高校時代なら「おばちゃん」と呼んでいたであろう年代の――に訊いて、無事体育館に辿り着く。

試合はもう始まっていた。
スクリーンでか! っていうかていうか、甲子園球場に『KEIO』のユニフォームが……!
その事実にばくばくしながら、ひっそりと後方の席に着く。客層は塾高生と女子高生がほとんどで、教諭・塾員・父兄と思しき大人がちらほら。私の立場って…『塾員』は大学卒業生に与えられる称号だから、『女子高OG』でしかないんだよな。
まーそんなことはどうでもいい。野球の応援始めれば1人でも全然平気なタイプだ。

冷たい雨と強風で互いに本領を発揮できないまま、試合は点の取り合いになった。
対戦校の関西高校(岡山)は打撃の良いチームで、左腕のエース中林投手を効率良く攻め込む。
しかし塾高も負けてはいない、取られたら取り返す、逆転されてもまた追いつく、の繰り返し。何度も甲子園球場に流れる『若き血』。
圧巻は9回表、ストライクがまったく入らなくなり、満塁のランナーを背負った中林投手の気迫の投球。プロなら絶対ピッチャー交代している場面を投げきり、フルカウントから石谷選手をファーストゴロに打ち取った!
その瞬間体育館では、試合を勝利で終えたかのように歓喜が爆発。跳び上がり抱き合う高校生たち。私もナミダ。
のちの監督談話によると、高橋捕手のリードも素晴らしかったそう。
そしてその勢いのまま、7-7で迎えた9回裏。
3番高尾選手からの好打順。連打と四球で塁を埋め、1死満塁で打席に入ったのは代打・2年生の新谷外野手。
ボールが先行する中ファウルで粘り、カウント2-2から、詰まった打球がセンター前へ――

勝った……!!

8x-7、サヨナラ勝ち。
「あの神奈川から、スポーツ推薦のない塾高が出られただけですごいこと」とは思っていた。
でもほんとうは、勝ってほしかったんです。一つでも。全員丸坊主じゃないというだけで眉をひそめるような輩を見返してほしかったのです。

だから、嬉しく誇らしかった。
塾高野球部の合言葉は「エンジョイ・ベースボール」。「エンジョイ=遊び」ではないことを証明してくれた。

参考:慶應義塾高校硬式野球部部訓より

男は危機に立って初めて真価が問われるものだ。チームもここぞで点をやらなきゃいいんだろ。最後は勝てばいいんだろ。
雨と風と延長には勝つ
エンドレス(いつまででもやってやろうじゃないか)


奇しくもこれらを体現する形になった嵐の初戦だった。ほんとうに、ほんとうにかっこよかった。
おめでとう、そしてありがとう。
起立して塾歌を歌いながら、なんだか夢を見ているような気分で。
塾を離れてからこれだけ時間が経って、これほど重い意味のある場で塾歌を歌える幸運に心から感謝した。
なんてていい曲なんだろう。ちなみに作詞者は親友のお祖父様だったりする。
ていうか塾高って校歌ないんかな? 女子高には一応ある。塾歌に隠れて陰が薄く、サビしか歌えない人も多かったけど、私は好きだったな。歌詞もメロディも女の子らしく爽やかで。光さやかな三田の台 自由を告げて鳴る鐘は♪

女子高バトン部もさすが、可愛らしかったな。
清潔感ある衣装と、みんなポニーテイルなのも変わってなくて嬉しかった。正直、大学に入ってからもメジャレッツ(大学チアリーダー)より女子高バトン部のほうが好きだったよ。
貴女たちがとっても努力してること知ってます。どの部よりも練習がハードで、規律が厳しく、お金がかかり(笑)。今も春先は股割りで泣き叫ぶ1年生の声が聞こえてくるのかしらん。
想像もしていなかったかもしれない晴れ舞台、どうぞ思いっきり楽しんでくださいね。

ブラバンも上手くなってて感動。
95年の夏に神奈川県大会決勝まで進んだとき、ハマスタに応援に行ったんだけど、そのときブラバンは創部1年目とかだったのね。慶應はワグネル・ソサイエティ・オーケストラが有名だから「ブラスバンド部」というものがなくて。
だからイマイチ演奏が頼りなく…。また相手が日大藤沢だったもんだから、さすが日大系って感じのすごい迫力応援で。
しかしそれから10年! あのアルプススタンドに相応しい、素晴らしい演奏でしたよ!


第77回センバツ高校野球:慶応8−7関西 復活慶応、高らか!塾歌 /神奈川


試合後は懐かしい街をお散歩。
塾高から藤山記念館、生協の前を通って、塾生会館の裏庭へ。あそこから見る夜景が好きだったなー。
バンド練習の音が聞こえる塾生会館をぐるっと回り中庭に出ると、時が止まったかのように懐かしい世界が。私が棲息していた食堂棟(サークルごとのたまり場があるとこ)はまったく変わらず(もちろん、いっそう古びていた…)。
そしてそこだけが場違いに真新しい、でかくて四角い綺麗な建物を左手に見つつ、これまた入り浸っていた図書館を感慨深く眺め……アレ?!
なんかビミョーに図書館周りの光景が変わっている……。
大学3年のときに塾高生とつきあってて(犯罪言うな)、構内デート中、思わぬところに深い段差を見つけ、「あーここって階段ないんだっけ」と飛び降りようとしたら、先に飛び降りて姫抱きでしずしずと降ろされてしまうという、この衆人環視の中お姉さんどうリアクションしたらいいのかわからないよ?な経験をしたことがある。
その段差が、なかった。多分。全体的になめらか〜な感じで。バリアフリーなのね。
なんかちょっと、寂しかったかも。形あるものはいつか壊れる運命ってやつですか。Hちゃん元気かなー。今もそういう暑苦しいことやってんだろか。

そして銀杏並木を下り、東急百貨店はスルーして「ひようら」こと駅の反対側の商店街へ。
ギャーン! 本屋がスタバになってる! 学生街なのに?! とちょっとびっくりしたけど、今は個人経営の書店って厳しいって言うものね。きっとあの東急に大きい本屋があるんだな。
軽くショックを受けつつお目当ての『レストラン・マリーン』へ。演劇部の行きつけで、大学に入ってからもしょっちゅう行っていたパスタハウス。
マスター、声かけたら覚えててくれた♪ 一瞬わかんなかったようだけど「演劇部の…」って言ったら「ああ!」ってすぐ同期の男子の名前とか出してくれて。私は参加できなかったけど、去年一昨年とOB/OG会で使わせてもらってるからね。
懐かしのボロネーズ、相変わらず美味〜vv しかし量が…。記憶を辿って不安になり「小盛り」を頼んで正解。周りの男子学生たちは当然のように普通盛りの上の「中盛り・大盛り」を頼んでいた。昔は「二倍盛り・三倍盛り」だったよね。「二・五倍盛り」なんてわがままを聞いてくれてた記憶もある。学生街ですな〜。

マリーンを辞し、ひとしきりひようら探索。エトワール式というのかな、パリや田園調布のような放射線状の街なので歩きやすい。
カラオケ屋や漫画ネットカフェが増えているのが時代の流れ。しかし彼氏が入り浸っていたパチ屋や雀荘(ああ、超フタしたい辺りだ……バタバタ)はそのまま。お気に入りのケーキ屋さんもちゃんとあった。
そうして駅前に戻ったところで、目を瞠る。
神戸屋キッチンがない……。
跡形もなく、ではなく、ありありと形を遺して、がらんと閉ざされている。動揺しつつ近づくと、今年2月一杯で閉店したとの張り紙が。タッチの差だったのだ。
2階のイートインで馬鹿馬鹿しくも楽しいときを共に過ごした忘れられない友人の顔が浮かんだ。蓋をすることなど許されない勢いで。

大学外部だけど、野球好きだったS。きっと今日の試合も、つらい病など存在しない雲の上から見守ってくれていることでしょう。
ガンバレ塾高! エンジョイ塾高!
楽しんで勝つ、そんな野球を、今日も期待しています!!
posted by あーこ at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0)
★雑記★
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