2005年03月30日

櫻井翔を褒めちぎる 〜慶應進学事情

櫻井、母校・慶応勝利にアルプスで「涙」
嵐の櫻井勝利に感激…甲子園で母校・慶応高を応援
櫻井が母校・慶応に大声援
嵐の櫻井が甲子園にやってきた!

翔くん昨日行けたんだね〜。良かった良かった!

さて、私は櫻井翔という人をとても尊敬しています。
今日は慶應義塾内の進学事情をつらつら語りつつ、その辺告ってみたいと思います。私がいた頃とは大きく時代が違うから、変わった部分も多いだろうけど、まあそう重大な変化はなかろう、という前提で。

慶應義塾の組織は以下の通り。

幼稚舎(共学/広尾)
 ┗普通部(男子/日吉) ┗湘南藤沢中等部(共学/藤沢)
 ┗中等部(共学/三田)   ┗湘南藤沢高等部(共学/藤沢)
  ┗高等学校(男子/日吉)
  ┗女子高等学校(女子/三田)
  ┗志木高等学校(男子/志木)
  ┗ニューヨーク学院高等部(共学/NY)
   ┗大学━大学院
(並列なのよ。慶應義塾大学附属ナントカ、じゃないのよ)

一度塾に入ってしまえば、大学に至るまで、進学試験というものがない。進級と同じ感覚で、通年の成績を見て進学が許可される(その分進級はそこそこ厳しくて、中学校段階での留年も普通にある)。
だから『お受験』を突破して幼稚舎に入学した人々は、その後一切「受験勉強」をしなくなる。結果、高校くらいまで進んだ時点で、「お勉強の習慣がない生徒」が大量生産されている。
彼らは総じて大らかで明るく運動神経が良く(「先ず獣身を成して後人心を養え」という福沢先生の教えによる。全員1km泳げる。うちらの頃は2kmだったよーな)、中学・高校から入る生徒を「頭のいー人だっ」と気さくに迎え入れてくれる(そうやって混ざり合っていく空気が塾の気風を作り出してるんだと思う)。
目眩がするほど世間知らずだったり「なんで高1でそんなに六本木に詳しい」と驚かされたりもしたが、基本的に愛すべき人たちだった。ただ、ほんとうに、学業に興味のない奴が多かった。
特に男子においてその傾向が強く、大学では5歳年上の同級生なんかもいた(塾高に5年6年いて、大学でもラクって、とかで)。英文を音読してて、「Mr.」のピリオドで文章終わったと思ってそこで黙った奴もいた。一説によると大学卒業までに同学年に半分残らないらしい。

以下、上の学校へ進むときの事情。

幼稚舎出の男子は特殊な事情がない限り、普通は普通部に進む。事情の一つは成績で、幼稚舎での出来がかなり下のほうだと中等部にしか行けないらしい。
詳しいことはよくわからないんだけど、確かに塾高で再合流した両者の雰囲気はあまりにも違った(翔くんは普通部出身のはず。現在お母様とホテル暮らしらしい森内くんはどっちだったんでしょ)。

中学→高校のラインでは、男子はほとんど塾高に進む。志木高は農業高校として始まった、埼玉の自然豊かな環境にある学校だ。内部進学者が極端に少ないため、彼らはかなーり雰囲気が違う。男くさいと言うか…。

高校→大学への進学は、ほぼ100%推薦を受けられるとは言っても、学部選択はやはり成績や履修科目などが問題になる。
私の時代はこんな感じ↓

定員アリ 数学・物理・化学・生物必修 狭き門 超超賢い
理工
定員アリ 数学・物理・化学必修 超賢い
経済
定員アリ 数学必修 人気学部
法(法律/政治)
定員アリ 必修ナシ 人気学部
定員ナシ 数学必修
定員ナシ 必修ナシ
 
(ゴメン、湘南藤沢キャンパスは当時できたばかりであんま興味なかったので覚えてない;; 環境情報も総合政策も定員ナシ、環境のみ数学必修、だったっけ。SFCは入ってからが厳しいんだよね。看護医療学部はいつできたんでしょう…)
参考:
塾高から大学への進学状況
女子高から大学への進学状況

数学は女子高の場合、二年次でまず「基礎解析・代数幾何」「数学II」に分かれ、基礎解・代幾は三年次で「微分・積分」に続き、数IIの先はない。数学必修の学部志望なら前者のコースを取らなければならない。そうじゃなくても嗜みとして履修する子が多かった(逆に、法学部一本槍の優等生で、確実に高得点を取るため後者のコースを取る子もいた。掃き溜めに鶴だった…)。
私はまあ文学方面に興味が集中してたし、高1時点で道を踏み外していたため実際問題として他に狙える学部もなく、暢気に作文とか話し方とかデザインとか「デュルケムの『自殺論』を読む」とか楽しい選択授業を取りまくってたんですが。
文学・史学・美学・心理学など、文には女の子の好みそうな専攻も多いので、成績に拘らず、女子高から文に進むのは悪い道じゃなかった。
で、塾高の場合、「男で、興味も目的もなく文学部というのはちょっと…」という向きのために、救済策として、「バカ微積」と呼ばれる教科があった(正式名称は知らない)。レベルは低いけど一応3年まで数学やったよーと。で、それをどうにかクリアして商学部に入るわけだ。やはり幼稚舎出にそのコースが多いらしい。

彼が高3の12〜1月頃だったかな、「翔くんはもう経済学部の推薦を取った」というような噂がファンの間で流れたのを耳にした。でもそれは時期的にあり得ず(「塾高の学部発表っていつ頃だっけ?!」とわざわざ友だちに確認しちゃったよ)、もし翔くん自身がそのようなことを口にしたなら、多分「この成績なら経済OK」と先生から太鼓判を押されたんだと思う。それがまたスゴイ。
私の代の女子高は進路指導大失敗。「法律に入るのは難しいよ」と言いまくったもんだからみんなが政治に流れ、結果あぶれて文に回される人続出。逆に法律には「なんでコイツが?!」って成績の子が入っちゃったりして、学部発表の場は軽く阿鼻叫喚だった。いや、ほんと泣いてる子とか多くて…1年後に転部試験受験者続出だったし。
部の男子たちも経済や法志望の子は発表までそわそわしてた。
それを、ほんとにその時期に太鼓判押されてたとしたら、すごい余裕の成績だったんだと思う。
そして実際彼は経済に入学してしまった。この時点で私は「翔くんスゴイ…!」と目をきらきらさせたものだ。

入ったら入ったで、経済は大学から入った優秀な人も気を抜けばばんばん留年するシビアな学部。私の大学1,2年のときの男は都内の名門進学校から経済に現役合格した人で、実際とても頭が切れたけど、サークル麻雀パチンコにかまけ(そのどれでも才能を発揮してたけど…)、6年かかって卒業した。
だから、幼稚舎出の男子で経済入って4年で卒業した、というだけで、「周りに流されず真面目によく頑張ったね」とにこにこしてしまうようなこと。
それを、J'sのデビュー組としてアイドル活動をしながら成し遂げたとなるともう! あんたはどんだけ陰で努力したんだ or 素で賢いんだ、とほんとうにびっくりしてしまう。
もちろん、友だちの協力(ノートとか)も欠かせなかっただろう。有名人やその子息を有り難がるような学校じゃないから、幼稚舎・普通部・塾高時代からのごく私的な本物の友人たちが彼を支えていたんだと思う。

正直、アイドル歌手・俳優としての彼の活動はあんまり追ってない。嵐の楽曲は好きなんだけど、ドラマとかバラエティとかV出ててもろくに見ないし;
(あーもちろんデビュー時は見てたよ! 嵐のV1! どの子も話を振ったり振られたりするのが上手くて、デビュー時のカミと比べると涙が出るほどおりこうさんで、「嵐イイコだね〜まーくん楽だね〜」と感動しながら見てた)
だから翔くんの人となりとかよく知らないんだけど、上記のような理由だけで、ハンパモンの私には心から尊敬できる人なのです。たとえ塾高応援メッセージがちょっぴりこっぱずかしかろうと。
どうか皆さん、櫻井翔はなかなかスゴイ男だぞ、ということを知ってください。

16年、私の倍も塾にいたんだもんね。つか、正真正銘塾高OB。今回の快進撃、どんなにか嬉しいことでしょう。「空間をともに」できてほんとに良かったね。どんなスケだったか知らないけど、事務所も粋なことするもんだ!

そんな頑張り屋さんもこんな堕人間も見守る準々決勝は4/1 11amにプレイボールです!
posted by あーこ at 01:00 | Comment(1) | TrackBack(0)
★アイドル♂★
この記事へのコメント
私も翔くんのことすごく尊敬してます。
私は志木高からで、経済学部2年なんですが、幼稚舎から経済学部ストレート+あれだけの芸能活動は並大抵ではないです。
もうどんだけ陰で努力したの翔くん!?笑
幼稚舎は塾内でも特別な存在、留年するもの、素で地頭が良いものに子
Posted by トンヒ at 2011年09月30日 04:57
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